愛媛の方には申し訳ないのですが、実は、今回道後温泉を訪れるまで、「湯築城」の存在を知らなかったのです。
旅行に出かける前に、訪れる予定の「松山城」の下調べをし、『日本100名城』の本にも目を通していたのに、
その前のページに書かれていた「湯築城」には気付きもしませんでした。
道後温泉に向かうタクシーで、道後公園が湯築城跡に整備された公園だと知っても、
お城ってたくさんあるからなぁ・・・くらいにしか思ってなかったのですよね。
「湯築城」の名前を知ったのも、その時が初めてでしたから。
松山城のロープウェイに乗る時に、こんな看板を見つけて、
5つも100名城があるなんて、愛媛ってスゴイなぁ・・・なんて思ってよく見ると、
えっ?湯築城もなの??・・・となって、
そのまま松山城からタクシーで湯築城に直行したという次第です。
お城というと、石垣があって天守閣があって・・・と、近世のお城を想像しがちですが、
「湯築城」は、南北朝時代の1335年前後に築城されたそうです。
当時伊予国の守護であった河野通盛によって築かれ、250年以上も存続していたものの、
16世紀末の豊臣秀吉の四国平定の際に城を明け渡すことになり、
松山城が築城される時に廃城になったそうです。
湯築城の瓦などの建材が、松山城の建築に流用されたことも最近の調査では分かっているそうです。
詳細は資料館で知ることができます。
二重の堀と二重の土塁を巡らせた平山城で、お城の縄張りは、ほぼ完全な形で残っています。
綺麗な公園だなぁなんて思っていましたが、
イヤイヤ、これはどう見てもお堀ですよね。なぜすぐに気が付かなかったのでしょう。
これを見て、タモリさんのように「!」となりたいものです。
こちらはお城の裏門にあたる「搦手(からめて)門」で、道後温泉駅からも徒歩圏内です。
城跡は、昭和時代には、動物園だったこともあるそうで、
動物園が移転した後に、中世の遺物がいろいろ出土したのだそう。
出土物は資料館に展示されていて、資料館にはボランティアガイドの方も常駐していて、詳しく説明してくださいます。
これは猫の足跡が入ったお皿です。
お皿の制作中に、偶然猫の足跡がついてしまったようで、
御城印にはこのお皿が取り入れられています、
(予期せず)日本100名城スタンプもゲットできました。