今回は、長崎駅の東口前と西口前という
駅を通り抜けるだけの距離にある
2つの異なるホテルを泊まり歩きましたので、
チェックアウトからチェックインまでに、
4時間の空白の時間ができてしまいました。
長崎はすでに何度も訪れていることや、
8月下旬のまだまだ猛暑の中だったこともあり、
観光巡りをする元気もなく、
今回はタクシーで長崎の神社を2社訪れただけです。
一つ目は「山王神社」です。
小学校の修学旅行の時に、
バスから鳥居を覗き見たのが最初で、
その後もタクシーやツアーのバスから、
通りを覗き込むような形で鳥居だけは見ていますが、
実際に訪れるのは初めてです。
この写真を見るとお分かりだと思います。

そう、原爆で一つ柱になった鳥居です。

この鳥居は、神社の二の鳥居で、
戦後81年間もの間、
傷ついた姿のまま立ち続けています。
吹き飛ばされた左半分も
通りの横に展示されています。

これとは対照的にもう一つ、
原爆の記憶を残すものが山王神社にはあります。
それが境内の入り口にあるこちら。

被爆しながらも、奇跡的に新しい芽をふいて、
81年間でここまで生い茂った楠です。

被爆当時は、黒焦げになっただけでなく、
幹にはガラスや木片など様々な破片が突き刺さり、
こちらの石も幹の中から取り出されたそうです。

鳥居と楠・・・
異なる姿で、戦後を生き抜いてきた "被爆者" です。
山王神社自体は、
島原の乱の帰途に立ち寄った松平信綱の提案で
1638年に創建され、
その後は地元の人々によって守られてきた小さな神社です。

御祭神は、
天照大御神、豊宇比売神、大山咋神の三柱。

御朱印を頂戴しました。

〈このブログを書いた後、福山雅治さんが
この山王神社の楠の曲を作られていることを知りました〉
それからもう一社は、
街中にある「伊勢宮(いせのみや)」です。

ちょうど古事記の講座の中で、
全国に存在する伊勢神社の話が出ていたので訪れてみましたが、

1629年に創建されてから、
神仏合祀、その後の神仏分離・・・などなど
ちょっと複雑な歴史を歩んできたようで、
古事記の講座で話されていた伊勢神社の経緯とは
少々異なるようでした。
ともあれ、
地元の人々に親しまれてきた神社であることは
間違いないですよね。

拝殿には、
三十六歌仙が描かれた額絵が掲げられています。

江戸末期に、
長崎貿易で富を得た京都の商人から
奉納されたそうです。

こちらの神社の楠は、母乳伝説があるそうで、
安産祈願のご利益があるとか。

横から御本殿のお姿を拝見します。

御朱印を頂戴しました。



































































