オババのトラベルジャーナル

社会生活からリタイアした有閑オババの隠居旅。ちょっと素敵なお宿に泊まって、のんびりお城や神社を巡ります。

“筑前の小京都” 秋月 と「秋月城址」

由布院からの帰路、福岡県朝倉市にある秋月に寄りました。

筑前の小京都」と呼ばれる場所です。

 

全国には、「小京都」と呼ばれる地域が数多くありますよね。

それぞれに趣があって、そのうち小京都巡りをしようかなぁなんて思ったりもしています。

 

小京都といえば、

昭和60年には、「全国京都会議」なるものが結成されていて、今年4月現在で、40市町が加盟しているようです。

この団体の加盟条件は、

 ①京都に似た自然景観、町並み、佇まいがある

 ②京都と歴史的なつながりがある

 ③伝統的な産業・芸能がある

の条件に、1つ以上当てはまることだそうです。

 

まぁ、この団体に加盟していなくても「小京都」を名乗ることはできますし、見るたびに加盟数が変わっているくらい出入りがあるようですが、

だいたい、上記3つの条件が、小京都の雰囲気を生み出しているのでしょうね。

 

秋月がある朝倉市も、「全国京都会議」に加盟しています。

 

秋月は、中世、秋月氏古処山(こしょさん)に山城を築き、

初代福岡藩主の黒田長政の三男である長興が、居館を築いて整備しました。

山に囲まれた盆地に、今なお城下町の敷地割がそのまま残っていますので、①の景観の条件は満たしているようですね。

 

②の歴史的なつながりはよく分かりませんが、

秋月は、草木染めや本葛、手漉き和紙で有名で、③の伝統的な産業という面でも、条件に当てはまりそうです。

 

秋月城址に続く「杉の馬場」と言われる通りです。

かつては杉の並木道で、武士の馬術の稽古に使われたそうです。

明治に入って、杉の木が桜の木に植え替えられ、(この日は閑散としていますが)桜の時期や紅葉の時期は、観光客で溢れます。

 

これは「長屋門」。

江戸初期に、奥御殿の御門として造られたもので、両側に、門番などが住む長屋があったそうです。

 

こちらは「黒門」ですが、今回は修復中でした。

月氏の時代には、古処山城の裏門として、また黒田氏の秋月城では、大手門として使われていたそうです。

 

石垣の上は、

 

今はこのようになっています。

 

秋月に来た時には、この先にある「古処庵」で、くずきりをいただくのですが、残念ながらこの日は閉まっていました。

 

でもやっぱり秋月に来たならくずきりを食べたいということで、

「廣久葛本舗」に行きました。

 

この葛湯は、一度は目にしたことがあるのではないでしょうか。

 

1819年創業のホンマものの老舗で、

国内産の本葛だけを使って、

一子相伝の技法で作っているそうです。

 

店舗は、築260年の古商家で、周囲は、国の重要伝統的建造物群保護地区に指定されています。

 

こちらをいただきました。